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2025年10月18日(土) オンライン(Zoom+Discord)
オープニングでは、「JaSST Online Gerbera」の開始にあたり、まず参加者に対し方針が示された。質問やコメント、OST(オープン スペース テクノロジー)のテーマ募集は Discordを通じて行い、Zoomのチャットは利用しないよう案内された。また、リアルな相談を持ち込むという趣旨を守るため、配信画面の録画・録音の禁止や、機密情報・個人情報を含まないよう注意が促された。
JaSST Online は、不定期開催のため特定のナンバリングなどはなく、アルファベット順に頭文字の名前をつけるという話があった。7回目「G」ということで「Gerbera」となったという話があった。
実行委員長である星野氏からの挨拶では、JaSST Onlineは、受講するという一方的な受け身ではなく、参加者側が積極的に発信・交流することで成り立つインタラクティブな内容にすることが強調された。
今回のテーマは「自動テストのお悩み相談」である。その主眼は、ゲストのエキスパート(井芹洋輝氏、末村拓也氏)が課題をどのように整理し、解決に導くか、その過程を参加者に見てもらうことにあると説明された。また、後半に行われる参加者主導の議論の場であるOSTについても説明があり、テーマ投稿が呼びかけられた。
筆者は何度かJaSST Onlineに参加している。Bergamotのときにもレポートを書かせていただいた。今回の内容、構成もいつものJaSST Onlineのように、インタラクティブに活発な意見交換になるように促された。今回は、ライブでコンサルテーションを行い、その思考の過程を文章化するという説明があり、期待が高まるオープニングであった。
セッション1では、タイミー社(岸氏)が、単一のモノリシックなシステム上で複数のチームが開発を行う環境における、自動テストデータ管理の難しさを相談した。特に、テストデータ(ユーザー)が使い捨てとなり、またユーザー作成にSMS認証が必須であるため、実行の都度データを作成することが困難である点が課題とされた。
エキスパートら(井芹氏、末村氏)は、理想的にはテストの都度データを作成できる状態が望ましいとした。そして、テスト環境限定でSMS認証をバイパスするデバッグモードの導入など、データ作成の自動化を容易にするシステム側での対策を提案した。
さらに、本番環境のデータ量を反映したパフォーマンス確認や、特殊な住所や海外の氏名など多様なエッジケースへの対応が求められる点について議論された。セキュリティリスクやデータ整合性の問題から、本番データの安易なコピーは非推奨とされた。代わりに、課題ごとにテスト観点分析を徹底し、多様な入力パターンに基づくユニットテストやバリデーションテストを強化するというアプローチが推奨された。
自動テストの現場において、自動化が難しい事例として共感した。また、エキスパートの井芹氏、末村氏が、課題に対してどのようにヒアリングや情報整理を行い、解決策の提示を行うかがよくわかった点が良かった。
特に、SMS認証等、テスト実行において、テスト環境の外側にあるシステム連携などに苦労している方が多いと考えている。安易な方法では、例えばテスト環境でSMS認証を迂回するデバッグモードを導入すると本番環境との整合性が損なわれ、本番データをコピーして利用すると個人情報保護やデータ整合性(マスキングによるリレーション破綻など)の問題が発生する。このように、情報セキュリティを損なうなど新たなリスクとなってしまい、テストのしやすさとセキュリティのトレードオフに悩む方の参考になる点もあったと考える。
セッション2では、Ubie社(小谷氏、内藤氏、浦山氏(当日参加))が「AIが品質保証をする未来はどうすれば創れる?」というテーマで相談した。Ubie社は、toC向けの症状チェックAIサービスや、toB向けの医療機関向けSaaS、さらにデータビジネスを展開しており、マルチプロダクトで高いサービスレベルとデータの信頼性が求められる複雑な構造を抱えている。
Ubie社は、AIによる開発体験向上を目指すチームで活動しており、AIに品質保証を丸ごと任せるのではなく、AIとの協業を視野に入れている。特に、PBI(プロダクトバックログアイテム)作成からコーディングエージェントが自動で実装し、プルリクエスト作成、検証環境へのデプロイまでを一気通貫で行うアプローチを試みている。これにより、人間が関与するPBIを厳選し、認知負荷の外側にAIによる仕事を増やすことを目指している。
エキスパートからは、AIの導入を前提とするならば、従来のプロセスにとらわれず工程の切り方を抜本的に変えるべきであると提言された。また、AI時代のQAE(品質保証エンジニア)の役割として、PBIの受け入れ条件(AC)や完了の定義(DoD)を策定し、どのテストをいつ行うべきかなど、品質基準を考える役割が重要になると強調された。
エキスパートは、短期(1年程度)では、AIが複雑なコードベースや組織的なリスクを読み取り、全てのテストを任せるのは現実的に無理であるとした。しかし、将来的には、QAEはテストのみに留まらず、事業価値やユーザー価値(顧客満足やビジネス価値)を高めるための仕組みづくりや、品質特性レベルで問題解決に貢献する役割へと進化していくことが重要であると結論づけられた。
システム開発にAIを利用することは、今のトレンドになっている。また、生産性向上を図るのであれば避けられないものとなっていると思っている。そうした点から興味がある方が多いと考えている。Ubie社においてもシステム開発にAIを利用している点が説明された。
ここで、筆者が気になったのは、煩雑系と複雑系というワードである。煩雑系は「要素は多いものの制御できる」、複雑系は「要素同士が影響しあい予測が不可能」ということを意味していて、AIには煩雑系の作業を任せるとよいということだった。システム開発において、煩雑系の作業というと、手順や処理ロジックが明確に明示されているもの、設定のように決まった手順で再現ができるものである。このような用途にAIの適用がよいということだと理解している。
さらに、従来人間が行っていたプロセスをAIに置き換えるのではなく、AI利用を前提としたプロセスを考える必要がある点にも共感した。
OST(オープン スペース テクノロジー)は、説明があった通り、参加者がテーマを持ち寄り自由に議論する場である。前半のセッションで刺激を受けた参加者から、「自分たちも議論したいテーマ」が次々と提案され、自然発生的にコミュニティが形成されていった。
今回は以下のようなテーマが集まった。

OSTは、Discord の音声チャット機能を使い、各テーマごとに別々のボイスチャンネルで実施された。参加者は興味のあるテーマのチャンネルに自由に入退室でき、複数のテーマを行き来することも可能である。この形式により、講演形式では得られない、双方向の深い議論が実現された。
各ルームでは、テーマ提案者がファシリテーターとなり、参加者全員が対等な立場で意見を交わす。「うちの現場ではこうしている」「その方法は試したことがなかった」といった実践的な情報交換が活発に行われ、エキスパートだけでなく参加者同士の知見が共有される貴重な時間となった。
筆者は、AI関係のルームに参加した。各自の現場や業務で、AIをどのような目的でどのように利用しているかがわかり大変参考になった。
業務で課題をお持ちの方は、次回以降の JaSST Online に参加して OST にテーマを提供して議論してはいかがだろうか。
今回は参加人数が30人程度でやや少ないように思えたが、議論はその人数の少なさを感じさせないほど、Discord の投稿が多かったのが印象的だった。これは、イベントのテーマに共感した方が多く参加したことによるものだと考えている。
本イベントの最大の魅力は、エキスパートが実際の課題に対してどのように問題を整理し、解決策を導き出すのか、その思考プロセスをリアルタイムで見られる点にある。技術的な理想と現実のギャップに悩むことが多い自動テストの現場において、そのバランスの取り方を示してくれたことは、明日からの実務に直結する学びとなった。
OSTでの自由な議論を通じて、他社・他業種の課題や工夫を知ることができた点も大きな収穫であった。 自分の課題をOSTのテーマとして提供すれば、参加者全員の知恵を借りて解決の糸口を見つけられる可能性がある。積極的に発信・交流することで、このイベントの価値は何倍にも膨らむ。JaSST Onlineは、仲間と出会い、学び合える貴重な場であると感じたイベントだった。
改めて、登壇された方々、実行委員の方々、テーマを提供した参加者や活発な議論に参加された方々に感謝する。
記:鈴木 昭吾(株式会社マネーフォワード)